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Craft Kyushu | 九州在住の留学生が伝える、「ものづくり」現場のリアルな体験と感動をレポートでお届けします

Chen Minsheng
家具のまち・大川を訪ねて

中国語
陳旻晟(Chen Minsheng/チン)
2026年3月17日と18日、私たち立命館アジア太平洋大学(APU)の学生6名は、長崎県内の二つの大学から参加した学生たちとともに、福岡県南部にある大川市を訪問しました。大川市は佐賀県に隣接する小さなまちです。昨年この活動に参加した学生から話を聞いていたため、私は今回の訪問をとても楽しみにしていました。
出発前から、大川市が家具の産地として有名で、「家具のまち」と呼ばれていることは知っていました。そのため、最初の訪問先は、主にドアなどを製造している家具工場でした。そこでは、杉やヒノキを中心とした 木材が、丸太の状態から切断、乾燥、接合、研磨、細かな加工を経て、製品として仕上げられていく過程を見学しました。
その後、私たちは建具製作所を訪問しました。そこでは、主に組子の製作や展示が行われていました。組子とは、細い木の部材を組み合わせてさまざまな模様を作る技術で、主にドアや屏風、照明の装飾などに使われます。大川では約380年の歴史があり、世界的に見ると400年から500年ほどの長い歴史を持つ工芸だと知りました。この技術は非常に精密で、大きな作品を一つ作るには数か月かかることもあるそうです。
見学をする中で、私たちは一つの疑問を持ちました。大川市は平地にあり、周辺にはそれほど多くの木が見られません。それでは、家具を作るための原材料はどこから来ているのでしょうか。説明を聞いて分かったのは、大川市が筑後川に隣接しているということです。筑後川の上流は、九州中部の大分県日田市を流れており、その地域には多くの森林があります。そのため、良質な木材が水運によって大川まで運ばれ、そこで加工されてきたそうです。
では、なぜ大川だったのでしょうか。その理由の一つは、大川市の地形が平坦で、工場を建てるのに適していたからだと学びました。
二つの工場を見学した後、少しお腹も空いてきたため、昼食の時間になりました。私たちは寿司と、地元で有名なからあげをいただきました。からあげは日本のさまざまな地域で食べられていますが、地域によって味に違いがあります。私には、大川のからあげは他の地域のものと比べて味が濃く、独特の魅力があるように感じられました。
午後には、三つのグループに分かれて木工体験を行いました。私は数名の学生と一緒に、簡単な模様の組子を作りました。簡単な模様であれば比較的短い時間で完成させることができましたが、午前中に工房で見た大きな展示作品を作るには、本当に多くの忍耐力が必要なのだと改めて感じました。
夕方には、筑後川昇開橋で夕日を眺めました。この橋は鉄骨でできた橋で、中央部分が上に持ち上がる仕組みになっており、大型船が通行できるようになっています。その構造を見て、私 はイギリスのロンドンにあるタワーブリッジを思い出しました。ただし、タワーブリッジは中央部分が回転して開くのに対し、筑後川昇開橋は中央部分が上下に移動する仕組みです。残念ながら、その日は昇降機能に不具合があり、佐賀県との県境まで歩いて行くことはできませんでした。
2日目の朝は、あいにくの天気でしたが、大川を探索したいという私たちの気持ちはまったく弱まりませんでした。この日は、家具という中心的なテーマから少し離れ、大川というまちの歴史により深くふれる時間となりました。
大川市は、歴史的には柳河藩と久留米藩の境界に位置していたそうです。そのため、かつては両側に異なる文化が残されていました。しかし現在では、その文化的な違いはそれほど強く感じられなくなっているようです。
まず私たちは、旧吉原家住宅を訪れました。そこでは茶道を体験し、当時の建築技術の高さにも感心しました。その後、伝統的な町並みを歩き、昔ながらの製法で酢を作っている工場と、その付属の店舗を訪問しました。
最後に、改修が終わり、夏に開業予定の小さな民宿も見学しました。建物の中には香りのよい木材が使われており、その心地よい香りを感じながら、夏休みにもう一度来て泊まってみたいと思いました。
グループ活動と昼食の後、今回の活動は地域の方々との交流会で締めくくられました。
今回の大川への旅を通して、福岡県にはにぎやかな福岡市だけでなく、魅力あふれる小さなまちもたくさんあるのだと実感しました。また大川を訪れる機会があれば、今度はさらに深くまちを探索し、地元で有名なフルーツ酢を何本か買って帰りたいと思います。

